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★怒り・心頭。・・・でも、時は流れ、時代は変わる。

・全く同感の記事をブログで観ましたので転載させて頂きます。長屋民夫 2017・12/2(土)

記事 門田隆将 2017年12月01日 14:28    ここまで白鵬の増長を許したのは誰か 

  果たして、ここまで白鵬の増長を許したのは誰なのか。目に余る横綱白鵬の言動を見て、 私はそんなことを考えている。それほど読売新聞が昨日スクープした内容は衝撃的だった。

〈日本相撲協会が30日午後に東京・両国国技館で開く理事会で、横綱白鵬関(32)を 注意することが分かった。関係者によると、元横綱日馬富士の暴行問題で28日に八角 理事長(元横綱北勝海)が再発防止に向けて講話した際、白鵬関は「貴乃花巡業部長の もとでは冬巡業に参加できない」などと発言し、理事長から力士会などを通して要望するよう たしなめられていた。 相撲協会は、白鵬関が九州場所千秋楽の優勝インタビューで観客に万歳を要求したことなどについても経緯を聞く方針だ。〉 わずか244字に過ぎないこの記事が伝える意味は重い。 理事長が今回の事件を受けて再発防止のために力士たちに対して「講話」という名の「訓示」 を与えていた際、力士の範を示すべき横綱が、こともあろうに「貴乃花巡業部長のもとでは冬巡業に参加できない」という“ボイコット宣言”をやってのけたというのである。 正直、唖然とした。大相撲も舐められたものだ、と思う。日馬富士引退に至った「事件現場」にいて、これを止めることができなかった本人が、そのことを反省するどころか、開き直って、 逆に巡業部長である貴乃花親方を「糾弾した」のだ。すさまじい下剋上である。

しかも、協会トップの八角理事長は、この横綱の反乱に対して「なにを言うか。おまえは自分が 言っていることの意味がわかっているのか!」と一喝もせず、「力士会などを通して要望するように」と諭したというのだ。今回の日馬富士事件の原因がどこにあったのか、この一事をもってその根本が想像できるのではないだろうか。

私は、10年前に起こった時津風部屋の新弟子リンチ死事件(2007年6月)を思い起こす。 親方も一緒になって新弟子の少年にリンチを加えて死亡させた出来事は、傷だらけの息子の遺体に不審を抱いた家族が大学病院に解剖を依頼したところから刑事事件へと発展していった。金属バットで殴り殺された息子の姿は見るも無残なありさまで、「稽古の後に急に亡くなった」という部屋側の説明を鵜呑みにせず、少年の故郷の新潟大学病院に遺体が運び込まれて「初めて明るみに出た」ものだった。

今回も、貴乃花親方が警察に被害届を出さなければ、事件が隠蔽された可能性は大きい。 貴ノ岩がモンゴルの先輩たちに「おまえ、わかっているだろうな」とプレッシャーを受け、さまざまなルートから口封じのためのアプローチを受ければ、「どうなるかわからなかった」からだ。 協会の隠蔽体質を知り尽くす貴乃花親方が、鳥取県警に被害届を出して、「正当な裁き」(貴乃花親方)を求めなければ、事件の真相は明らかにならなかったかもしれない。

白鵬が感じたように「お前(貴乃花親方)がいらんことをしなければ、こんなこと(日馬富士の引退)にはならなかったんだよ」というのは、事件を隠蔽したい側から見れば、当然の怒りだろう。

 
前回のブログでも指摘したように、今回の出来事は、モンゴル互助会の存在を抜きには語れない。真剣勝負の系譜である貴乃花部屋の力士は、ガチンコ相撲が基本で、そのために貴ノ岩は、モンゴル力士たちがおこなう飲み会に参加することさえ許されていなかった。鳥取城北高校出身の貴ノ岩が、同校相撲部の総監督が経営するちゃんこ屋でおこなわれた親睦会に顔を出したことが事件の発端だったことは報道されている通りだ。しかし、普段、飲み会にも参加せず、自分たちにガチンコ相撲を挑んでくる貴ノ岩のことを白鵬や日馬富士が気にいらなかったことは容易に想像がつく。

29日の引退記者会見で日馬富士が貴ノ岩への謝罪の言葉を一切、口にしなかったことが私には印象的だった。あの暴行が「礼儀や礼節を知らない」貴ノ岩への指導だったという言い分に私は違和感を感じた。本当にそうなのか、と。また、モンゴル力士の草分けである元小結の旭鷲山が、貴ノ岩の衝撃的なあの傷口の写真(医療用ホッチキスで9針縫われた写真を公開しなければ、日馬富士はあのまま引退を決断しなかった可能性もあっただろう。

旭鷲山は、昨日、モンゴルの大統領補佐官の職を解任されたというから、真実を明らかに することが、いかに勇気が要ることかを教えてくれる。

そんな強固な絆を誇るモンゴル力士たちの“常識”からすれば、今年初場所で、結果的に稀勢の里の「優勝」と「横綱昇進」をアシストすることになる貴ノ岩の白鵬に対する14日目の大金星は「あり得ないこと」だっただろう。

日馬富士の引退会見の席上、自分の指導の至らなさを反省するでもなく、涙を流し、そのうえ、「貴乃花巡業部長のもとでは冬巡業に参加できない」と言ってのけた白鵬をその場で一喝できなかった八角理事長や、弟子を指導できず、貴ノ岩や貴乃花親方への謝罪もなく、恨みに固まった伊勢ケ浜親方と日馬富士師弟の会見での姿は、「ああ、やっぱり……」という失望を多くの相撲ファンにもたらしたのではないだろうか。

そして、増長させるだけ増長させ、何かが起こった時には隠蔽だけを考える相撲協会の体質こそ、こんな事件がくり返される真の原因である気がする。野球賭博から始まって八百長相撲が発覚し、場所自体が中止になったあの痛恨の出来事から、まだ「6年半」しか経っていないのである。

白鵬は、九州場所11日目に嘉風に敗れた際に、「立ち合い不成立」をアピールし、1分以上も土俵に戻らず不服の態度を示し、ファンを呆れさせた。さらに、千秋楽の優勝インタビューで「場所後に真実を話し、膿(うみ)を出し切って、日馬富士関と貴ノ岩関を、再びこの土俵に上げてあげたいと思います」と言ってのけ、万歳三唱までおこなった。

加害者である日馬富士と、被害者である貴ノ岩がなぜ「同列」にされなければならないのか。「膿を出し切る」という「膿」とは何なのか。なぜ、これほど相撲界が窮地に追い込まれている時に「万歳」を観客に促すことができるのか。

私には、巡業ボイコット発言も加えて、白鵬がなぜここまで増長しているのか、ということがわからない。協会はなぜ、ここまで「白鵬の増長を許しているのか」ということだ。 実は、何かあるたびに協会は白鵬に「厳重注意」を与えている。私が知るだけでも、2008年夏場所での勝負が決したあとの朝青龍との睨み合い、2009年夏場所2日前のゴルフ、2011年技量審査場所千秋楽夜に繁華街を歩くTシャツ姿が週刊誌に報じられた件、さらには2016年春場所でダメ押しで相手力士を吹っ飛ばして審判を骨折させた事件など、少なくとも4件はある。
横綱への「厳重注意」とは、それほど「軽い」ものなのだろうか。少なくとも、白鵬は「厳重注意」を何度与えられようが、反省しているようすはまるでない。そして、ついに現役力士の身でありながら、巡業部長への糾弾まで公(おおやけ)の席でやってのけるまでに至ったのである。

一般人への暴行事件で引退を選ばざるを得なかった朝青龍事件の時も、「なぜ師匠は弟子の行動を律することができないのか」「相撲界の師弟関係とはその程度のものか」と思ったものだが、その“やりたい放題”の体質は、まるで変わっていない。

私は、モンゴル勢の相撲が好きである。日本人力士が失ってしまった、あの溢れんばかりの闘志が好きなのだ。それだけに、くり返される不祥事が残念でならない。モンゴル勢を応援して来たファンの一人としても、一連の出来事は無念である。

相撲協会は、興行を主たる事業とする興行主である。収益を挙げなければならないし、さまざまな制約もあるだろう。しかし、同時に日本の伝統の継承という大きな役割を果たすべき公益財団法人でもある。

何度、不祥事を起こしても改まらず、力士に範を示すべき現役の横綱が、公然と反乱の言動をすることができるような「体質」を続けるなら、税金をはじめ、さまざまな優遇措置を有する「公益財団法人」の地位を返上し、私企業として出直すことを強く提言したい。(此処までがブログからの転載です。)

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・以上は100%同感、同意見ですが色々な事柄や多くの人達にも責任を感じます。皆で万歳をしたり、連日マスコミで流している内容などです。しかし、思い、考え、気持など様々ですから、善い,悪いと決め付けは出来ません。 只、自覚や意識のレベルの次元に対する、淘汰は時代の変化と共に進むと覚悟しなければなりません。

自分勝手、集団になれば自分達勝手、弱い者苛め、自分が正しいと思っているから起す間違いなどは心の次元が低いから起きる事です。自己反省して、思いやり、親切、優しさ、礼節、真実の貢献、明るく生きる、などに努力をしなければなりません。

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・元号が変わると時代も変わる・

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・昭和の時代・・・仕事、釣り、マージャン、空手、等々、この世の事に夢中になっていた30代までの人生でした。

縁の在った、知花俊彦さんからは「二つ目で迷っていないで、一つ目になりなさい。」って言われていました。

昭和63年11月頃から近くの金華山に登り始めました。「こんな近くにこんな良いとこが在った。」と、思いながら・・・。

昭和64年1月6日(金)の昼下がりの3時頃、セドリックのトランクを修理している時に、左目に強い衝撃を受けて、その

まま大学病院に入院。一夜明けた1月7日の朝、ベッドの上で「昭和天皇崩御」、その後、小渕恵三さんの「平成」

発表を聞きました。それから40日ほどの入院中夜通しメモを取ったり屋上に出て型をやったりしていました。2月15日

に退院して、16日が42歳の誕生日でした。あれから葯30年、平成が終ろうとしています。社会環境も常識も自分自

身も変化しました。現在も大変化の真っ最中を感じています。昭和の過去にこだわる自分を感じますが平成も認めな

ければなりません。それどころか、新しい時代や新人類が新しい元号と共に始まると思っています。

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2017・12/3(日)に松尾みどりさんの話を聞いてきました。テーマは「地球人類創世計画」です。私の解釈で聞いた事

を整理します。その目的としては、自分の整理と記録です。そして役立つ情報は共有する事です。

先ず第一に生命あるもの、生きている者は皆、自分を信じる、自信を持つ事。生命と言う自分を理解する事、受け

入れる事。地球には体験経験を必要として、様々な生命体が混在している事。自分の遺伝子、潜在意識には経験

や可能性が無限にある事。今の経験・体験こそが有り難い、貴重だと言う事です。「愛」が全てだと言う事です。

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追求・・・テーマ・・・安心・幸福・・・追求する・考える・・・生きる・死ぬ・・・存在・消滅・・・生命・見えない・不滅・・・

生きる・生かされる・・・与える・受ける・・・循環・調和・・・バランス・修業・・・寒い・暑い・・・栄華・滅亡・・・善と悪・・

・生と死・・・生きると言う事は循環する事・調和する事・バランスをとる事・・・その事を辛い、苦しいと思う人は修行の

世界。愉しいと思える人は天の世界・・・天とは生命の事・神・愛・調和・・・?、宿題です。

私は生きています・・・地球も生きています・・・太陽系も・銀河系も・大銀河も・・・空いっぱいの星達も・・・

生命に生かされている、自ら生きている事・・・呼吸する事、調和する事・・・一緒でないと生きられません。

生命には限界を感じません・・・その他の物には消滅が来る・・・事を感じます。

我は愛なり 光なり 愛に還る愛なり・・・こんな事を体得できたら安心で幸福な気持になれるかも知れません。

体得したくて経験体験しているのに、そのために修業(辛い想い)しているのに、受け止める事、気付く事、理解する事

が必要なのに、自分を正当化して闘ったり、否定したり、怠けて無視したり、避けて逃げたり、理屈をつけたりします。

体験や気付きが必要なのに、安心や幸福を要求して苦しみます。だから気付くのですけど・・・。

だから、今の体験が大切で貴重で有り難い。今をやる、今を生きる、今の意識、自覚がすべて。

しかし、やり方も色々、知識も智慧も能力も運命も宿命も人それぞれ、自分なりにやるしかない。

努力も根性も必要、しかし、知っても知らなくても誰かが助けてくれている。信じても良い。

信じて努力する、やり続ける、生涯修業・・・それが生きる事、それが安心、幸福。・・・・・・・・・・・・・・・・・・かも?。

こうやって、探りあてるのが楽しみで生き甲斐です。どこかのだれかと共有出来る事が楽しみでブログです。

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