Home4.社長の話題2.体験メモ › ☆改めてⅡ。2011年1月9日掲載から・持続・自立。

☆改めてⅡ。2011年1月9日掲載から・持続・自立。

2011・4/10(火)朝刊。

img006

毎日の元気が超能力の表れだと思っていますが・・・過去に体験した出来事。

★・・・ 20代のとき、下手だけど相手のやろうとする事が解ってしまい、容易

          に技を決める事ができた事。

★・・・ これも空手の体験、大会で何故か決勝まで進み延長戦を2回まで

        やった時、真剣勝負をしているのに、みんなの声がよく聞こえた冷静な        

        状態。数時間過ぎてから興奮してきて、夜中まで外に出て歩きました。

★・・・これも20代 あるときトラックの狭いエンジンルームに入り込んでガス溶接を

        していた時、手元でホースが抜けて大やけどをしました。あの時どうやって

        外に飛び出したのか。

★ ・・・目の怪我をして入院していたとき、時間を全く自由にやっていました。

         特に朝は、暗いうちに地下から屋上まで駆け上がり、上で運動して、

         それから地下で水をかけて、身体を冷やし、そして朝飯に合わせてベッド

         に入りました。また、いろいろ気づいた事思い浮かんだ事を夜通しメモ

         を取るとか、勢いの余る様な時間を過ごしていた時がありました。

         その頃の時の事のです。昼の12時頃の一時間ほどの間、自分の体

         が有るのか無いのか、とにかく軽くてずいぶん楽でした。アレッ・・・って

         感じで、不思議な体験でした。

★・・・これも怪我の時、 退院して家に帰ったときの事。目には見えない何かが

         交差して乱れ飛んでいる感じがしている時は、寝起きが悪いとかで皆が

         不調で、おはよーとか声を掛たりするとその何かが縦に流れる感じが

         して、みんなの気分がよくなった事。

★・・・ 高校一年生の時、親元離れて間もない年頃の冬休み、は田舎に帰って

         いました。最終日岐阜に帰らなければなりません。その日丁度雪が

         降り当然バスは時刻には来ません。即刻 学校をサボることにしてバス

         停から家に帰りました。これまた即刻、おふくろに追い出されて、真冬

         の雪道を岐阜まで, 約45km歩くハメになりました。いろいろな想

         い体験しながら、一時間以上は歩いたでしょうか、なんとスリプして

         立ち往生 していたバスに追いついたのです。しかもそのバスは私を待って

          いたかのようにすぐに動き出してそれきり岐阜まで順調に走りました。

         すべてそのまま本当の事です。この事は改めて母親の愛の強さを感じます。

/////////////////////////////////////////////////////////////////////////   

1110金華山1110金華山.71110金華山.21110金華山5

私は継続出来る事を一番の目的に努力をしていますが、それで良かったと思って

います。 これからも続けられる事を目的にしていきます。

一つの事を続けていると、気づきが出来ます、その事は楽しい事です。

ずいぶん昔の事ですが、二枚目で若大将と言われていた加山雄三がテレビで

言っていた事です。

・・・「自分は何でもすぐ出来てしまうから、厚みと言うか味が作れない。」・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一昨日の夜、朝の冷え込みの予想が出ました。

翌朝は布団の中でゆっくりと寝ていました。今朝も寒そうでした。

昨日程ではないかも知れません。でも冷たいです。シャッターをあけ自転車を出すと

犬の太郎が無茶苦茶喜びます。

(喜ぶと何でもできるなー、仕事も喜んで貰いたくてやってきたなー、

そう言えば神は喜びなりって歌があったなー。)

喜ぶと元気がでるなー、元気が出ると何でも出来る気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の子供時代は野と山と川に育ちました。子供同士の世界が思い出です。

私は水の中でじっとしていると浮き上がるのでそれから泳ぐようにしました。

泳げない子もいました。そういう子はみんなにおぼれさせられたりしながら、

なんとか泳ぐようになって行きました。もちろん親は何にも知りません。今 思い出しても痛快です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今も修理は壊す所から始まる。

壊すには意思と勇気が要る。再生が前提の分解削除を始めにやります。

崩壊は創造の始まりであり、創造は消滅への始まり。

欠かせないものは意志と精神(エネルギー)。

間違いや失敗があればこそ・・・有り難い人生かも。・・・?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日はメモリアルで武道演武会があり、子供達も参加して良い経験をしたと思います。

弓道・空手・少林寺拳法・長刀・柔道・銃剣道・剣道・太極拳・全てに魂の練磨と表現を

感じました。また其々の違いも明確に受け取る事が出来て、楽しくアッと言う間に

終わってしまいました。・・・ やっぱり武はいいナ・・・・・感想でした。2011・1/16.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

見習いの時と自営独立前後の思い出。

今思えば 人生で一番苦しかった時が二十歳頃で一番厳しかった時が40代半ば・・・・みたい。

その苦しみから抜けたい一心で中学時代の通信簿を出して見てみました。・・・自分本位である・・・

その時は気付きませんでしたが。今でも記憶にあると言う事は・・・。(後に・・・30代半ば過ぎ・・・

とりあえずの思いが叶い、目標を持ちあぐんでいた時に、苦しかったこの頃を懐かしみました。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

独立自営するまで会社に努めました。注文の新車を作る所でした。一台に五人位のグループです。

やはり一番の条件は職人根性、今でもその頃の人達は一人一人思い浮かべる事ができます。

その会社の思い出

1・初日に電車に乗り遅れて、1時間も遅刻した事。

1・それなのに、辞める時社長と専務に2時間近くも説得された事。

1・熊を獲ってくると、昼飯に熊汁が出たこと。

1・グループ事に個性が強くて、面白かった。

1・新日本プロレスに背の高い大型バスを作り納車したら、1週間でぶつけてきた。

マンモス鈴木が運転してたそうな。体がデカイと鈍感に見えた。前方の屋根をぶつけてきた。

自分なら叩いて直すのに、此処の人達は作り慣れているから・・・自分の グループだったけど・・・簡単に

サッサッと作って直してしまった。直す事に自信を持っていた自分はヘぇーって気持ちだった。

1・辞める時、・・・給料も賞与もきちんと貰うと独立する勇気が萎える・・・って、思った。

その後、もう一息、と言う事で、修理販売の会社にお世話になりました。

そこの社長はフエアレディZでレースに出ていました。レースカーの改造とか整備もやり、鈴鹿サーキット

レースのピットにも入った事もあります。いい思い出です。一番の思い出はドライバーシートをアルミで

作った事です。社長は座れれば良いと言うのに、自分の満足で作りました。2011・1/19.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

24歳になる一月前、工場と住処を作っている時の正月の終り、田舎で家財を貰い、フアミリアバンで

岐阜に向かっていました。あいにく朝から雪道です。カーブを曲がったら前方からクラウンが来ました。

自分の車はそこでリタイアです。その相手のクラウンに同乗して再び岐阜に向かいました。一キロ程来た

ところで今度は対向のトラックが滑って来て再び衝突しました。その車は前回りがボコボコになってしまい

ました。運転手付きの社長の当時は高級車でした。初仕事は4月1日が開業日らしき事になりました。

”厳しいながらもやった後が気持ちよい。” この事が空手の継続を決意した理由です。以後 仕事と空手が

人生の両輪となって今も続いています。そして今 続けて居られる事が本当に有り難いと実感しています。

//////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

Comments are closed.