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常識・善悪・価値観の変化と時の流れ。

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★核兵器開発の歴史。

1905年 アインシュタインの相対性理論の発見。

1911年 ラザフォードが原子核発見。

1932年 チャドウィックが中性子を発見。

1933年 シラードが中性子による連鎖反応を着想。

1938年 シュトラースマンとハーンがウランの核分裂反応を確認する。

1939年 シラードの下書きでアインシュタイン署名の手紙をルーズベルト大統領に差し出す。

             この年、第二次世界大戦勃発。

1941年 シーボーグがプルトニウム発見。マンハッタン計画が始動。

1943年 ロスアラモス研究所発足。

1945年 5月にドイツ降伏。7/16日トリニティで核兵器・初の実験。

   8/6広島にウラン型、9日長崎にプルトニウム型原爆投下。8/⒖日本の降伏。

1946年 ビキニ環礁で67回の核実験。

1949年 ソ連がカザフスタンで核実験成功。

1952年 イギリスが核兵器・アメリカで水素爆弾の実験に成功。

1953年 ソ連が水素爆弾の実験に成功。

1957年 イギリスがクリスマス島で水爆実験。

1960年 フランスがサハラ砂漠で核実験。

1964年 中国がロブノールで核実験。

1967年 中国が水爆実験。

1968年 フランスが水爆実験。・・・NPTが成立。

1974年 インドが核実験成功。 1998年 パキスタンが核実験成功。

2019年 分岐点。

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・ブログから。

米国エネルギー省が、原発事故直後から、各地の放射線量を時々刻々と計測していたことは、前回の投稿

3.11から8年 “トモダチ作戦”で被曝した米兵23人が癌に 米連邦地裁は米兵の訴訟を却下)の中で

触れた。 ECRR(欧州放射線リスク委員会)科学事務局長のクリス・バズビー博士によると、米国エネルギ

ー省の測定データの中で、注目すべきは、東京のアメリカ大使館のハリスタワー屋上で2011年3月21日に

計測されたデータだという。データをみると、3月20日夜から3月21日夜にかけて、セシウム137の数値が

急上昇しているというのだ。

「20日夜から21日朝にかけて、線量が急上昇する事象が発生したと推測される」 とバズビー博士はいう。

3月21日、東京のアメリカ大使館屋上では高濃度のセシウム137が計測されていた。『封印された「放射能」の恐怖』(講談社刊)より。

3月21日、東京のアメリカ大使館屋上では高濃度のセシウム137が計測されていた。

『封印された「放射能」の恐怖』(講談社刊)より。

核実験時の約1000倍

20日と21日の線量の中間値を比較すると、その急上昇はすさまじい。セシウム137の場合、その数値は、

21日は20日の約420倍も上昇していたのだ。 ちなみに、3月21日午後12時45分42秒に、アメリカ大使館の

ハリスタワー屋上で計測されたセシウム137は約2.32ベクレル/立方メートルという最大数値を示していた。

これは、イギリスの核実験時のセシウム137の最大降下量約2.7ミリベクレル/立法メートルの約1000倍と

いう莫大な量だという。 3月21日はまた、茨城の観測所でも線量が急上昇し、

以降、上昇したままの状態が続いていた。 21日に何が起きたのか?

当時のニュースを見てみると、21日は「午後3時55分ごろ、3号機から灰色がかった煙が上がり、その後、

煙は少なくなった」という報道や「午後6時20分すぎに2号機の原子炉がある建物で、屋根の山側の隙間

から白い煙が出ているのが見つかった」という報道があった。しかし、アメリカ大使館屋上での測定データ

では、それより前の午後12時45分42秒にセシウム137の数値が最大になっているので、これらの煙と

関係があるかは定かでない。21日は関東地方で降雨があり、風向きも南方向に変わっていたため、

線量の急上昇はそれに起因するという指摘が多いが、降雨と風向きの変化だけで、これほど数値が急上昇

するのか? バズビー博士は「3月20日夜から21日朝にかけて起きた何らかの事象が、関東地方を汚染した」

と推測している。 3月20-21日、3号機で放出イベントがあった しかし、“何らかの事象”とは何なのか?

群馬大学教育学部地学教室の早川由紀夫教授が執筆された「福島第一原発 2011年3月事故による

放射能汚染と健康リスク評価」という論文の中に、以下のような記述を見つけた。 ー放射性物質は原発から

連続的定常的に放出されたのではなかった。3月12日、3月15日、それから 3月20-21日に

大きな放出イベントがあった。原子炉格納容器の圧力が低下あるいは上昇したときに対応する。

順に1 号機、2号機、3号機からの放出だった。ー 3号機が爆発したのは3月14日。しかし、

3号機から大量の放射性物質が漏れたのは3月20-21日だというのだ。 また、早川教授は、3号機で

3月20-21日に起きた大きな放出イベントが首都圏東部を汚染したと、以下のように説明している。

ー20日23時ころ原発を出発した放射能霧は、6m/s (20km/h)で太平洋上を南に進んだ。そして翌 21日5時に

大洗、6時に鉾田を通過して、7時 20分に霞ヶ浦上で雨雲と衝突した。この放射能霧が移動した痕跡は、

幅5kmの帯内にあるスギ林がひどく汚染されているのを、いまでも確認できる。雨雲と衝突したあとも

放射能霧は雨雲の下層を南西に向って進み続け、阿見・守谷・柏の地表を放射性物質で汚染した。

9時には東京新宿に達した。首都圏東部に見られる中程度の汚染と南部の木更津や熱海に見られる

軽微な汚染はこのとき生じた。

それは断続的な降雨に伴って23日まで続いたが、初日21日の汚染がもっともひどかった。ただしヨウ素は

22日にも大量の降下があった。ー 高汚染されていた東京のエアコン・フィルターバズビー博士が推測

した“何らかの事象”がこの放出イベントであるとするなら、それにより、関東地方が汚染されたことは、

バズビー博士の元に送られてきたエアコン・フィルターのダストを分析した結果を見ても明らかだ。

このことは、筆者が訳した『封印された「放射能」の恐怖』(講談社刊)の中に詳しく記されているが、

かいつまんで説明したい。 原発事故から1年以上を経た2012年6月、バズビー博士の元に、

あるエアコン・フィルターが送られてきた。送り主は、港区西新橋のタワーマンション20階に居住していた

マリアさん。マリアさんは原発事故で東京が汚染されているのではないかと気になっていたのである。

バズビー博士が、そのエアコン・フィルターのダストに含まれている放射性核種を測定したところ、

11万ベクレル/kgという非常に高濃度のセシウム137が検出された。核種の崩壊を考慮すると、

2011年3月の事故当時では、13万ベクレル/kgという莫大な量のセシウム137があったと推測

されるという。 同じエアコン・フィルターからは、3020ベクレル/kgのウラン238、自然状態の120倍も

ある240ベクレル/kgの濃縮ウラン(ウラン235)、7500ベクレル/kgという高濃度の鉛210(原子炉由来)

も検出された。 3月21日に東京を汚染させた事象が、この測定結果を生み出したのではないかとバズビー

博士は考えている。 3月20日-21日、関東を汚染させるような事象が3号機で起きていたのか? しかし、

見たところ、3月20-21日に、3号機で大きな放出イベントが起きたという発表や報道は見あたらない。

原発事故から8年。まだまだ明らかにされていないことがあるのではないか?

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☆昭和27年4月の春に、板取村岩本小学校に名前も書けないまま入学して、1年生になりました。

校舎と言っても、民家を使用していて、先生も二十四の瞳の映画を連想できます。

しかし、直ぐに新しい校舎の建築が始まり、子供達も皆でお手伝いをしました。

秋には、親たちが神輿を挙げて、子供達の為に出来た新校舎の完成を祝ってくれました。

校舎の横に川があり、堤防には立派な桜の木があって、花輪を作ってあそびました。

先生も子供同士も両親も村の人達も、みんな家族兄弟の様に繋がっていました。

伊勢湾台風で堤防も桜の木も流されました。66年経った今静かな景色だけが鮮やかです。ながやたみお。

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ハーバード大学のトップ科学者が「宇宙人は間違いなく存在する」、「存在しないと考えるのは傲慢」と

発言し、話題になっている。 英紙「Express」(3月8日付)によると、米ハーバード大学に所属する

アヴィー・ローブ教授は同紙の取材に対しこう語ったという。「約4分の1の惑星が地球と同じサイズ、

同じ地表温度を持っています。そこには水分や生命に欠かせない化学物質が存在する可能性もあります。

私は原始的な地球外生命体は間違いなく存在すると思います。

むしろ、宇宙人の存在を否定する人は傲慢です」(ローブ教授)

ローブ教授は、2017年10月、米ハワイ州のマウイ島にある天文台が捉えた観測史上初の太陽系恒星間天体

オウムアムア」が、エイリアン宇宙船であると支持して止まない研究者の1人である。

そうした態度に批難の声も大きいが、ローブ教授は「オープンな心を持つべきだ」と主張しており、

オウムアムア=宇宙船説を覆す有力な証拠があればすぐに同説を撤回すると語っている。

「多くの人は“エイリアンではない”という態度を受容していますが、我々はオープンな心を持つべきだと

思います。他の惑星の大気汚染の状況や、滅亡した文明の遺物を探すべきなのです。

私はこうした試みを“宇宙考古学”と呼んでいます」(同)

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時空を超えた失踪事例から思い出すアメリカの機密文書

最近はまた「世界の不可解な行方不明の事例」について時々書かせていただくことがあります。

それらの中には、どうやっても合理的に考えることが難しい事例も多く、特に、後に冷静な証言を

することがまだ難しい 2歳とか 3歳の子どもの場合ではなく、ある程度の成人の事例では、

不思議さが際立つことがあります。たとえば、不可解さが極まる例として、3月1日のメルマガに

記載させていただいた 24歳のアメリカ人男性の以下の例があります。

失踪後に無事に見つかった時には、時間も空間も飛び越えてしまった例です。

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・2019年3月11日(月)20:25 NHK放送。(満天の星空に勇気と希望を感じた人達)

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神は愛なり 我も愛なり

神は光なり 我も光なり

神は生命なり 我も生命なり

神は永遠なり 我も永遠なり

神は完全なり 我も完全なり

我は愛なり 光なり 愛に帰る 愛なり

自我とかこの世は影なるもの 影絵は味わい楽しみ学ぶもの。

光は明るい 愉しい 元気 健康 即ち 健康第一。

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